最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)685号 判決
本件の買収農地につき、自作農創設特別措置法一七条による第一順位の売渡相手方に該当する者で買受の申込をした者がなかつたこと、上告人が本件農地につき適法な賃借権その他の耕作権を有しないことは、原判決の認定するところであり、上告人も自認するところであるから、上告人は右農地につき同法施行令一八条一号による売渡の相手方とはなり得ず、同条二号の「農業に精進する見込のある者」の一人として売渡の相手方となり得るに過ぎないものと解すべきである。そして、右にいう「農業に精進する見込のある者」相互の間で、何人を売渡の相手方として決定するかは、農地委員会の裁量に任されているものと解すべきであるから、右の決定が違法視されるのは、農地委員会の右裁量が社会観念上著しく妥当を欠きその限界を越えるものと認められる場合に限ると解すべきである。しかるに、本件において、仮に上告人の主張するような事情があつたとしても、農地委員会がその裁量により戸来等を売渡の相手方と定めたことが社会観念上著しく妥当を欠くものありとは認め難いから、農地委員会の右裁量行為は、違法ではないものと解すべきである。
上告理由第二点について。
自作地を仮装自作地と誤認したというだけでは、農地買収処分は無効となるものではなく、また、論旨主張の如く仮に同法が超憲法的法規であるとしても、それだからといつて右買収処分を無効と解しなければならないことはない。論旨は、独自の見解に基き、もしくは名を憲法違反の主張に借りて原判決が買収処分を無効と判断しなかつたことを非難するに帰し、その理由がないことは明らかである。第二点中そのほかの論旨は、「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」一号ないし三号のいずれにも当らず、また同法にいう「法令の解釈に関する重要な主張」を含むものとは認められない。
よつて、民事訴訟法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判官 霜山精一 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)
上告代理人中村伝七の上告理由
原裁判の判決は事実誤認の上、法令の適用を誤り且つ憲法に違反するものと信ずる。
第一、控訴判決は本件売渡に付、「小作人がないから結局自作農創設特別措置法第十六条第一項、同法施行令第十八条第二号により本件田については………畑については………売渡の相手方として本件売渡計画を定めたことは認めらる。而して仮に控訴人の主張のような事情はあつたからといつて被控訴人村農委の右認定は違法であるとはいえず………」云々といつて控訴人の主張を排斥している。
しかし控訴人は本件田は昭和二十三年一月所有者訴外大沢万治から復旧を依頼され、右復旧後は小作人として耕作することの契約の下に同人は多大の努力を払い復旧し、やがて小作人として賃貸契約をなすべく岩手県知事に許可申請を提出したものである。而して右許可は与えられなかつたものであるが、しかし之は形式上の問題で実質上は控訴人は小作人と同格で、しかも殆ど洪水のために土砂埋没して荒廃しているのを家族総出で働き水田に復旧したもので、之こそ農家に精進するの最たるものと信ずる。しかも自作農創設特別措置法の精神は自作農として立つものの地位の安固をはかり、即ち政府に於て土地を売渡すについても其の所有土地の均等を目標として、出来るだけ農民に土地所有を平均するのは主眼である。
然るに本件売渡し計画は控訴人のこの努力並びに実質上の小作関係を一切無視し、尚多くの所有する小野万一、戸来正吉(甲三、四号証、甲第六号証)に売渡したことは著しく公平を欠き、全く偏頗の処置たるを免れない。
凡そこの施行令第十八条の規定は農地委員会の自由裁量処分を定めて法規裁量でない故に行政処分取消の目的には該当しないといわれるが、しかし如何に自由裁量でも社会観念上公平妥当を欠く場合は違法の処分たるを免れない。特に戸来正吉は当時農地委員であつて、かかる売渡等については特別の場合(小作人の如き場合)を除き加わるべきではない。しからざれば其の職務を利用し一般公平を疑わるる疑惑を持たしむるもので、農地委員制度の神聖を失墜せしむるものである。
かかる点からも右被上告石切所農地委員会は法令第十八条の解釈を誤つたものと断ずるものである。
第二、本件買収は訴外大沢万治の仮装自作であると断じ、自作農創設特別措置法第三条第五項第二号を適用したもので、之亦誤りである。
訴外大沢万治は製材工場の経営者であるから、其の職工を利用し又自らも働らき、更に常雇もあつて純然たる自作地で何等小作地ではないのである。
かかる自作地を小作地と誤つて買収したものは明らかに違法で、全く無効の買収である。然るに原審(控訴審)は之を単に取消すべき処分であつて無効でないというが、かかる重大なる誤認は軽微なる瑕疵で時の経過によつて治癒するものと断ずることは出来ぬ。
抑々無効の行為と取消すべき行為との限界は必ずしも明確とはいえないが、其の一つの標準として、其の準拠すべき法令が能力的法規か命令的法規かによつて無効取消の限界を示すと称されている。
能力的法規は法律上の力を与え又之を否定する規律にして之より生ずる効果は定められたる力を発生するにあり、之に違反する結果其の力を発揮することを得ざるものである。
本件について見るに買収の条件は小作地であつて、この内容は自作地を小作地と誤信しても之に副う内容条件は具備せざる場合には絶対無効である。
然るに控訴判決は之を有効と断じ、取消すべき行為と認定し、既に取消の期間を経過したから最早有効の行為と確定し動かすことの出来ぬものと断じている。
之は全く法規の持つ特異性を見逃がしたる重大なる違法で、しかも農地買収は全く日本国憲法第二十九条と抵触するもので憲法違反たることは免れない。之が有効なる原因は日本は敗戦によつてポツダム宣言受諾に伴う其の義務として無条件に連合国の指揮命令に遵うことを要するもので、其の結果農地改革は超憲法の規律である。
この点に於て農地改革は合憲性と見るものである。しかし乍ら之は必ず法律に定められたる条件を厳正に則るべきであつて、いやしくも其の条件を遵法せざる軌道無き買収は元より無効である。
本件判決は此の軌道なき買収を認めることは全く憲法第二十九条に違反するものというべきである。
次に控訴人は此の無効を主張する利益はないといわれているが之亦誤れる認定である。
上告人は本件田畑買収は無効であつて、買収なかりせば右土地は訴外大沢万治の所有に帰する。その時は当然上告人は小作人として本件田畑を耕作し得べく、又其の一部は買戻特約に基き自から所有権は回復は出来るもので、其の有効、無効は重大なる利害関係を有し、無効を主張する利益は当然有するものである。
以上によつて本件判決は破毀さるるべきものと信ずる。 以上